大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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別所長治

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別所長治は、元亀元年(1570年)、父・安治の病死により叔父の吉親・重宗を後見役に若くして家督を継ぎました。

天正3年(1575年)10月に信長に謁見。

信長が中国地方の毛利氏を制圧の際、中国毛利攻めの先陣となるつもりでいたところ、秀吉が総指揮官に任ぜられ播磨入りしたため、そのことに不満を感じ、妻の実家である丹波国の波多野秀治と呼応して信長に反逆しました。
多くの国衆が別所氏に同調し、東播磨国一帯が毛利方となります。

しかし、長治は、信長の命を受けた秀吉の軍勢に攻められ、三木城に籠城しましたが、秀吉の「三木の干し殺し」と呼ばれる兵糧攻めに遭い、毛利氏からの援軍も途絶え、遂に籠城してから1年10か月後の天正8年(1580年)、城兵達の命を助ける事と引き替えに、妻子兄弟と共に自害しました。



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コメント

NoTitle 

自害~悲しいですね~>_<
  • シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2014年03月05日 05時00分 
  • [編集]
  • [返信]

別所長治 

時代の趨勢を理解しえなく、籠城の上、部下を助けるために家族一族自害!
織田信長の「天下布武」には多くの犠牲者がありますが、信長が生きていたら現代の日本は随分変わってた先進国となったであろうと想像しています!

シネマ大好き娘さん、四方さんへ 

別所氏一族の自害の話は悲劇ですね(;O;)

信長が行きていたら・・・間違いなく日本は時代の先端を行っていたでしょうね。
  • しずか 
  • URL 
  • 2014年03月05日 11時15分 
  • [編集]
  • [返信]

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