大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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新野左馬助の里を訪ねて(3)八幡平の城跡

八幡平の城もまた新野氏の城であり、舟ヶ谷の城と同じく新野古城と呼ばれています。

この他、天ケ谷の城平、釜原城など6カ城が存在しています。


釜原城入り口
IMG_0447 釜原城

IMG_0448 釜原城

IMG_0449 釜原城

ここも怖そうなので、ここでストップ(..;)

次に八幡平の城跡へ移動。

想慈院の駐車場の隣りに「八幡平の城跡」の案内板があります。

IMG_0435 八幡平

IMG_0436 八幡平

八幡平の西南方尾根続きに、この土地の領主新野氏が城主であった舟ヶ谷の城山があるが、その詰城であったものを戦国時代、即ち天正年間初期(1578年頃)武田軍により高天神城への軍道の押さえとして改修されて現在見ることの出来る遺構となった。山尾根を切る多くの堀切、二重の堀切や横堀は武田氏独特の築城手法であり、貴重な歴史的文化遺産である。

想慈院
IMG_0438 想慈院

相慈院には武田軍が駐屯した伝承があるそうです。

IMG_0439 想慈院

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新野左馬助の里を訪ねて(2)舟ヶ谷の城山

舟ヶ谷の城山(ふながやのしろやま)は、今川一族で新野領主・新野左馬助の居城と伝わる城です。

IMG_0350 舟ヶ谷の城山

昭和45年(1970)、鈴木東洋先生により「城山」の字名から城跡が確認され、47年(1972)静岡古城研究会が調査を行い、縄張り図が作られました。
 
現在の遺構は、新野左馬助の時代の遺構ではなく、山城として利用された最終的な形を残すもので、戦国期、特に天正初期、高天神城を中心とした武田・徳川両軍の攻防の頃、武田軍により改修されたものと考えられています。

大規模農道工事や採土により、城の中心部分が破壊されていますが、堀切が確認できます。

IMG_0349 舟ヶ谷の城山

城山入り口
IMG_0442 舟ヶ谷の城山

ここからは道が狭く車が入れないので、歩いて行きます。

IMG_0443 舟ヶ谷の城山

誰もいません(..;)

IMG_0444 舟ヶ谷の城山

後ろを振り返ると・・・こんな景色です。

IMG_0445 舟ヶ谷の城山

IMG_0446 舟ヶ谷の城山

この先の様子がわからないので、ここでストップしました。

(新野左馬助公顕彰会HP参照)

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新野左馬助の里を訪ねて(1)左馬助を祀る左馬武神社

新野氏は、現在の御前崎市新野を拠点とした鎌倉御家人・新野太郎に始まり、その後、鎌倉末期以降、今川氏の祖国氏の三男俊氏の子俊国が、新野氏の名跡を継いだものと考えられています。  

新野左馬助親矩(にいのさまのすけちかのり)は今川氏の一族であり、新野舟ヶ谷城の城主で新野村三千石を治めていました。親矩も新野新城(舟ケ谷城)の城主として今川氏に出仕していました。

左馬助は、井伊直虎の母親(祐椿尼)の兄にあたり、妻は奥山因幡守の妹。
親矩は井伊氏の縁戚であったこともあり、妹の娘で井伊家の家督を継いだ直虎や、徳川方へ寝返った嫌疑により今川氏真に討たれた井伊直親の遺児・虎松(後の井伊直政)を保護しました。

桶狭間の戦いの後、今川家は急速に衰え、三河国の松平元康などの離反が相次ぐ中、左馬助は今川家に忠節を尽くしましたが、永禄7年(1564年)、今川家に謀叛を起こした飯尾連龍の引馬城を攻め、天間橋(安間橋)付近で討ち死にしました。

虎松は、後に井伊直政となり、関ケ原合戦後、彦根18万石城主に出世。直政は、命の恩人である新野左馬助に報いるため、左馬助の息女を直政の重臣に婚礼させています。

また、井伊家においては、幕末になり、34代・井伊直中は、その子・井伊中守(大老・井伊直弼の兄)に新野左馬助親矩の名跡を相続させ、新野家を再興します。
                   
名跡相続後、新野村に左馬助の墳墓調査を行い、間蔵に墓石を発見しますが、この地が現在の左馬武神社です。

昨年、御前崎の新野左馬助の里を訪ねました。

こちらが観光案内所です。
あいにうこの日は休館日のようでした。

IMG_0380 新野

IMG_0381 新野

が、ここに周辺案内図や、外にも資料があるので、助かりました。

IMG_0382 新野

IMG_0383 新野

ここから車で数分行くと、小高い山に建つ神社が左手にあります。

IMG_0351 左馬武神社

IMG_0375 左馬武神社

IMG_0353 左馬武神社

左馬武神社(さまたけじんじゃ)は、地元住民から「情けの武将」として慕われる新野左馬助を祀っています。

急な階段が続きますが、整備されています。

IMG_0354 左馬武神社

IMG_0356 左馬武神社

周りは茶畑です。

IMG_0355 左馬武神社

IMG_0357 左馬武神社

左馬助の墓とされる五輪塔
IMG_0361 左馬武神社

IMG_0359 左馬武神社

IMG_0364 左馬武神社

IMG_0366 左馬武神社

IMG_0372 左馬武神社

境内からの眺め

IMG_0371 左馬武神社

「新野左馬助公顕彰会」により管理され、毎年4月に手もみの新茶が献上されています。

(御前崎市商工観光課パンフレット参照)

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